今回の庭ノートは、立春から数えて210日目の台風がよく来る厄日の風「二百十日の風」のお話です。
私は年間4つ、心待ちにしている風があります。春一番、薫風、二百十日の風、そして木枯らしです。
春一番は立春から春分の間にその年に初めて吹く南寄りの強い風、薫風は新緑の間を吹きぬける初夏のさわやかな風、二百十日の風は立春から数えて210日目の台風がよく来る厄日の風、木枯らしは太平洋側地域で晩秋から初冬の間に吹く北よりの強く冷たい風、です。
庭に吹いた春一番については、2017年3月5日の記事で紹介ました。
精悍な北風とチャラい南風。春一番と寒の戻りの風
また、庭に吹いた薫風については、2017年5月20日の記事で紹介しました。
吹流しを設置。新緑の間を吹き抜ける初夏の風、薫風を楽しむ
「二百十日の風」というのは、私が勝手にそうに呼んでいるだけで、「二百十日の風」という名前の風があるわけではありません。
立春から数えて210日目は、新暦の9月1日頃で、多くの地域で稲が開花する大事な時期ですが、台風が襲来する厄日とされています。また立春から数えて220日目も同じく厄日とされています。
この時期は、風神を祭って台風による稲作の被害や風水害がないように祈願する行事が全国各地で行われます。
富山県八尾町の風の盆は特に有名です。元来、旧暦7月15日を中心とするお盆の行事だったそうですが、二百十日頃の八朔行事と結びついて、新暦の9月1日から3日に風の盆祭りが行われます。越中おわら節の哀切漂う旋律にのって無言で男女が踊る姿は、非常に洗練されていて、訪れたときは異空間に迷い込んだような気分になりました。
越中八尾 おわら風の盆
薫風は静岡県が一番似合うと思いますが、二百十日の風は富山県が一番似合うと思います。
屋敷林を持つ家が点在する、富山県の砺波平野の散居村も、「風」のよさが全面に出た空間だと思います。
となみ夢の平 散居村展望台
2017年の二百十日は9月1日、二百二十日は9月11日でした。
しかし、「二百十日の風」「二百二十日の風」と思える風が、立春から210日目や220日目にドンピシャで吹くことはあまりありません。
なので、私は9月から10月の間に吹くそれらしき風を「二百十日の風」としています。
今年は10月23日に台風第21号が来て、私が「二百十日の風」だと思える風が吹きました。
この風を心待ちにしているといっても、ウキウキ待っているわけではなく、被害が出ないように祈りながら、緊張して待ちます。五感を刺激する日本の多彩な自然の一つとして、受け止めて味わうといった感じです。
台風通過前の風
台風第21号が通過する15時間前に庭に吹いた風です。
南から吹いている弱い風ですが、いつも吹く風とは何かが違い、気持ちがざわざわします。天気予報を知らなくても、「何か来る」気配がするので、直観的に嵐の前だと気づきます。昔の人はこうやって察知していたのかな?と思ったりします。
台風通過後の風
台風第21号が通過した4時間後に庭に吹いた風です。
台風が北上し、北風に変わっています。まだ空模様があやしく、本当に過ぎ去ったのだろうか?という感じです。
台風一過の風
台風第21号が通過した6時間後に庭に吹いた風です。
被害さえなければ、「祭りのあと」のような何とも言えない感覚になる風です。ほっとした、でも空虚な感じで、『風の又三郎』の高田三郎くんが転校していなくなっちゃった感じとでも言いましょうか。
庭の吹き溜まりも「二百十日の風」のなせる業です。
落ち葉と青い葉が混ざっているのがポイントで、8月の台風でも真冬の木枯しでも、このようなミックスリーフの吹き溜まりにはなりません。
吹き溜まり
そして、この富士山も「二百十日の風」のなせる業です。
9月から10月の台風一過では、たいてい、山肌が詳細にわかるこんな感じの富士山になります。
台風一過の富士山
参考文献
吉野正敏(1991)『風の博物誌』丸善.
「四季の風」「風と風土」「風の指標」「風と人間」「風の利用」「宇宙から見る風」の6章から成り、個人的な感覚かもしれませんが、「間」を感じる、不思議な気持ちになる写真がいろいろ載っています。この本に紹介されているすべての場所に行って、風を体感してみたいと思わせる本です。
高橋順子(2002)『風の名前』小学館.
四季折々の美しい風の名前が載っています。風の作用やイメージを写した静止画なのに、どの写真からも風そのものを感じます。
宮沢賢治『 風の又三郎』新潮文庫
謎の転校生「高田三郎」くんは、風の神様の子、風の又三郎だったのか!?
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